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苦節

 私が甲子園球場で売り子のアルバイトをしていたころの話。

「姫園さん、バイト代を貯めてボクも馬を1口買ったんです」
 一緒に働いていた競馬好きのK君が、すごく嬉しそうな顔で私に話しかけてきた。
「でも、おまえ未成年やろ?」
 K君の年齢は15歳。さすがに本人名義では購入できないはず。
「父親に名義を借りて買ったんですよ」
 馬を買う高校生も高校生だが名義を貸す親も親だなぁ……なんて、私は言えない。同じく未成年のうちから一口買っていた。

「で、どこで買ったん? シチー? マイネル? まさか社台じゃないよな?」
「サウスニアです。500口だから、10万円くらいで何とかなりましたよ。会費も安いし」
 サウスニアの母体はシンボリ牧場。シンボリルドルフのころの勢いはなく、当時は落ち目にあった。正直、「また、微妙なクラブの馬を買ったよなぁ。金ドブやで」と思った。
 でも、童貞を捨てた後のような嬉しそうな顔をしたK君を見ていると、そんな現実的なことは言えない。
「名門牧場やからな。当たれば飛びそうやな」
「そうですよね。父も一発がありそうなダンスホールだし」
 あっちゃぁ! よりにもよって、ダンスホールか……。シンボリ牧場凋落の一因じゃないか。あんな重厚な血統で、しかもクラブ馬。走る可能性は低いだろう。
 でも、はじめて万馬券を当てた後のような嬉しそうな顔をしたK君を見ていると、そんな現実的なことは言えない。
「ヨーロッパ血統は当たれば飛ぶからなぁ」
「GⅠなんて勝たなくていいんです。アルゼンチン共和国杯が勝てればいい(笑)」

 結局、K君の愛馬は秋の福島3歳未勝利戦で、駆け込みデビュー。
 タイムオーバーに散り1戦0勝で引退することになった。
「まぁ、こんなこともありますよね。しばらくサウスニアで馬を買ってみます。悪い女に引っかかったと思って(苦笑)」
 あの日の(笑)は、1年後に(苦笑)に変わっていた。
 翌年、私は甲子園のバイトを辞めて、K君と連絡を取らなくなった。

 あれから、十余年。

 サウスニアは重賞勝ち馬を1頭も出すことなく、営業権を07年3月に広尾レースに譲渡した。
 今日の函館2歳S、ようやくサウスニアの系譜を次ぐ広尾レースの所有馬・ステラリードが重賞制覇を飾ったのである。

 K君、いまでも悪い女と続いていないかなぁ。
 もし、あれ以降もずっと「サウスニア→広尾」で馬を買い続けて、ステラリードを所有していたりしたら、本当に「深イイ話」なんだけど。 

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